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生きること③ [提出箱]

はじめの記事
2番目の記事


人は誰もがその人生の主人公。

人と人が分かり合うことについてずいぶんいろんな人がいろんな言葉で
いろいろといっているけれど、
でも結局そのことばたちはその人だけのものであって
たとえそれを読んで噛み砕いて理解した、と思っても
それは理解した人にとっての理解であり
実は何一つ共有し得ない。

だけど、ここに理解、とか共有と言う言葉で
あたしはいまだれかの共感や理解を得ようとしている。

部分的な理解、なのかな。

実は常々思っていることがある。

言葉があるからわからなくなることや
すれ違うことやいさかいはおきるのではないかと思うんだ。

解るということは実は言葉で伝えるべきことではない。
言葉で言わなきゃ解らないって言うけど
ほんとうなのかな。

ことばなんて理解や思考のほんの一部だと思う。
そして、いきるということも実はなにかもっと大きなものの一部なんじゃないかと
うっすら予感している。

生きている、と言うことは受身だろうか。
それとも、主体的なことだろうか。
どちらでもありどちらでもない。
対極であり、裏と表だ。
並べておくことが出来て、較べるようなものではない。
生きていることは混沌としている。

生きていることは同時多発的に矛盾する感情や行動をすること。
たった一つのことを道筋をたどって考えたりはしない。
いまこの瞬間にでさえ書いている内容とはまったく違うことを同時に考えているし
もっと簡単に言えば呼吸をしながら、誰かと話をしてしかも歩いている状態なんだ。

こたえはひとつじゃない、といっているそばから
でもそれも正確ではない、と打ち消す声が聞こえてくる。

ほんとうならきっともっとわかりやすく
言いたいことを伝えるために
いろいろなことを削って論旨をまとめて
道筋をたどって説明するべきなのかもしれないし
きっとそれが文書と言うものなんだろう。

でもあたしはいまこころにふつふつと沸いてくる
この変なものをただ書き留めたい。

伝えるための文章や説明のための文章をかかない。
だからきっとあたしは職業的に何かを書くことが出来ない。

それでいい。

考えていることや自分の中で起きていることを
いっきに言葉にしたら口が100個くらいあっても足りない。
だからきっと自分を守るために
それに身体的な(発生するための器官はひとつだけとかね)制限も加わって
たくさんの中の一個を
瞬時に選んで外に排出している状態なんだ。

だからいつもあたしは本当に言いたいことを伝えてないと思う。
いったりやったりしていることが嘘やごまかしのような気がする。
そう思うとなんだかとても自分と言うものが
あやふやでにじんでぼやけて見えるんだ。

それですっかり黙り込んで
じっと考えてみる
はじめのうちは言葉のかけらがつぎつぎと飛び出す
だけどその声に耳を傾けているうちに
こえはだんだん小さくくぐもってきて
やがてまわりの音が聞こえ出す
すごく遠くの車の音。鳥の声。子供の歓声。かわのせせらぎ。
風の音。時計の秒針が動く音。キーンという金属音。
自分の呼吸。肺を通る空気の音。耳の中をとおる赤血球の流れる音。
音の向こうがわにある音ではない、なにか。
その気配。

身体や脳ではない自分というもの。

見えないのによく見える
教えられてないのに知っている
言葉にはならないのにわかる

それがあたし自身。

なんの色も説明も肩書きもなく
たった一個の細胞とさいぼうがくっついただけのところから
何回も何万回も何億にも分裂して
この形になった。

そのことを説明する知識なんてなくても生きていけるし
きちんといつかは止まるんだ。
ぴたっと静止して、続かない日が来る。

うん。そいういうふうに書くと綺麗だねぇ。
でも死ぬことって思ったよりすさまじく
いろいろときたないこともあり、けしてそんなに静かでないし
きれいじゃないことなんだよねぇ。

あたしはそれを他の人を見て知っている。
だけどそれはあたしの死ではない。
あたしの結末はあたしにしか訪れない。

それと同じことが生きていることにも言えて
いまこうしてなんとか生きてるんだから
きっと死ぬときだってなんと死んでゆくのでしょう。

いつか死んでゆくことを恐れようとおもう。
その怖さを感じていようと思う。
でも、けして死ぬ怖さに支配されて
何かを選択したり、何かを出来なくなることだけはしない
おびえて恐れながらきちんと見てゆこう。

自分の中の変わってゆく思いも、感覚も
そう思う。


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ブタゴリラ

何で生きるんだろうね人は。幸せになりたいからかな。。。
うまくやろうともしない
うやむやにもしない
思いやりと気付き、バランスと信じることの本質。
生きることは死を見つめること、いかに生きるのかということ。
なのかな。。。
by ブタゴリラ (2006-01-14 13:09) 

まこっちゃ

言葉で分かり合う、ということは、
分かり合いたいことをそのまま言葉にして伝え合うことではなくて、

・・・例えば、自分が「ある物」を見て、Aという思考をしてaという言葉を発言し、その言葉について再びBという思考をしてbと発言した時、
その「ある物」を見ていたXさんが、同じようなタイミングでaという発言の後にbという発言をしたら、
「思考Aや思考Bについて、自分はXさんと分かり合えてる」
と感じると思います。

それが、言葉で分かり合えるということなのだと、最近は思っています。
思考Aや思考Bそのものを言葉にして伝え合おうとしても、逆に、なかなか伝わらないような気がするんです。

・・・っていうことの記事を、以前、違う書き方で書いたので、
URL貼っていきます。
http://ameblo.jp/bursted-dam/entry-10002410838.html
って、生きることについてのコメントしてなくて、すみません(汗)。
by まこっちゃ (2006-01-14 13:25) 

こんばんは!
私の考え方ですが、生きることの意味すら考えないようにしています。
宇宙の果てを想像出来ないように、生きることの意味も多くの哲学者や宗教家が未だに結論が出ていないことです。私のような凡人にはわからないと思います。私も、一時期その意味を仏教書に見つけようといろいろ読んでみましたが、
結局、お釈迦様の弟子がお釈迦様に「死んだらどこに行くの」と聞いたことがことの文献がみつかり、お釈迦様が弟子に対して言ったことは、「そんなことはわからん」「それよりも今を生きて悟りを開くよう修行しなさい」と言われたそうです。現代のお寺は、お墓ばかりつくっていますが、本来の役割は生きている人のお寺でなくてはならいないのですね!(私は特に仏教を信仰しているわけではありません。今のところ無宗教です。。。とりあえず)私がその本を読んでからは、今を精一杯生きることに徹するようにしています。今この時が過去になり、未来へと繋がっていくのだから、今をないがしろに出来ないですよね!やがて、死が訪れた時に、面白い人生だったなぁ!!と思って死にたいです。
ですから、今を犠牲にて将来にかけることはやめようと思っています。明日、死が訪れても、充実した一生だったと思える人生にしたいと思っています。
私は、生きるとは!とは死とは!難しく考えず、今が充実している一生を送るだけでいいと思っています。またまた、長くなってごめんなさい!
by (2006-01-14 23:09) 

ke_co_ltd

>兄貴!
(*’ー’)(,,*)(*‘∇‘)(,,*)うんうん考えているその過程が生きていること
考えているだけじゃ生きていけないけど、考えることを止めたら活きない。
少なくとも生きてないのい近いと想う。
つぶやき、あにきの言葉の中にけえも共振した。次々沸いてくる言葉は
一体何のためなんだろう。そうやって生きているうちにどこかにたどりつくのだろうかねぇ?考えても考えても飽きないテーマです。

>まこっちゃ!
イエス!うんわかる、言いたいことが伝わってるから大丈夫よ。
でもさ、もっとわかる方法がきっとあって、でも言葉があるゆえにすれ違ったり本質を見損なうことだってあるよね。つまりときとばあいによるんだよ。
でもなんで人間は言葉を作ったんだろうねぇ。
言葉ゆえに不安になることってあるんだよね。なきゃないでそれも不安かしら?どうかなぁ?

>kaze様
やっぱり、kaze様の言葉を見るたびにすっぱりわりきってるなぁと思ってしまいます。そこにたどり着くまでいろいろとあったのでしょう。でもけえは割り切れないのでぐずぐず考えて、いっこいっこやっていきます。
人の話は参考になるけど、それはあたしの人生でもないし、あたしの教訓でもないからです。いまの時代情報ばかりがあふれてて、自分の生き方をしようとしたらわかったような忠告がどっさり手渡されます。(すくなくともけえのまわりにはそういう人がいるw)だけど、実際にその人がした失敗とあたしがこれからする失敗は意味が違う、人の失敗を聴いて参考には出来ても、そのいたみや悔しさはあたしのものにならない。わざわざ苦労したいわけではないけど、なんだかそう思うんです。自分で、自分の手でやってみたいし、見てみたい。
だから迷う、何度も考える、人と較べるときもあるけど、でも最後は自分のスケールで行きたいものです。
by ke_co_ltd (2006-01-15 23:40) 

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