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宿題 提出期限:2006/8/11 ④ [提出箱]

4

ずらりと並んだパイプ椅子。
4列ごとに通路が設けられ、それが横に5ブロック、縦方向に大体20脚並んでいる。
ぴかぴかに磨かれた床には白い線がぐるりと四角く書かれている。
天井の上のほうにはバスケットゴールが床に水平にぶら下がっている。

さっきから手持ち無沙汰だった。
入学式は9時から。始まるまでまだ30分もある。
人がほとんどいない体育館はじんじん冷える。
新しい紺のブレザーは大きめ。すとんとかたの力を抜くと中指の先まで隠れる。
ボックスプリーツのすそはひざ下丁度に上げをしてある。
三つ折の靴下に真新しい黄色の上履き。全部ぴかぴかだった。
くすぐったいような、うきうきする気持ち。
さっきまで放送部の先輩たちが行ったりきたりしていて、全員すごく大きくて、顔つきも大人で、かっこよかった。放送部なのかな、それとも放送は委員会なんだろうか?マイクにむかって妙な節をつけて「テスッテスッ・・・あ、あああ、あー・・・・」といったり、舌を鳴らしカンっともコンとも聞こえる気持ちいい音。やってみてもいいな、と思う。

「どう?練習は終わった?ちゃんとできそうかな?」
担任の高橋先生がニコニコの笑顔で近寄ってくる。新入生代表の挨拶をするあたしの様子を見に来たのだ。
「はい。なんとか、緊張します。」
「まぁ、大丈夫でしょう。三崎さん落ち着いてるもんね。うん」
高橋先生はあらかた禿げてない髪の毛を後ろへ撫で付ける。たぶん年齢は30歳くらい。シャツの襟によれたアイロン皺がある。だからたぶん独身。目が細い。だけどまっすぐ目を見てくる。キライじゃない、と思う。
「先生、あれはどうなってるんですか?」
天井のバスケットゴールを指差して聞く。
「あぁ、三崎さんはバスケすきなの?」
「いいえ。私、運動は苦手なんです」
「そうなの?そうはみえないけど?うーん。でもせっかく中学生になったんだから、挑戦してみたらいいんじゃない?」
「あたし・・・放送部とかに入りたいんです。」
「そ?まぁ、考えてみてよ。ちなみにボク、バスケ部の顧問、ね」
「はぁ」
「じゃ、あとは練習どおりね。がんばがんば!」
「はい」

先生は軽くスキップするみたいに去っていく。
中学生になると急に先生との距離も縮むみたいだ。
大人になった気がした。まだまだだけど、これからあたしも大人になっていくのだ。
ちょっとだけ大きい上履きの中でつま先にぐっと力をこめる。
かかとを上げて背伸びした。来年の入学式の季節になったらきっとこのくらい背が高くなってる。髪の毛だってきっとおかっぱから三つ編み出来るくらいまで伸びるだろう。
いろんなことをやってみたい。
バスケ部もいいかもな。
そっと心の中で「がんばがんば!」つぶやいて、笑う。


「・・・今日のこの日の気持ちを忘れず、藤見中学校の歴史と伝統に恥じないよう、一生懸命に努力することを約束し、新入生代表としての挨拶を終わります。ありがとうございました。新入生代表 1年A組 三崎ゆう」
新入生の挨拶は、自分でも驚くくらい、はきはきと笑顔で出来た。
顔の表面がみんなの視線でカッっと焼けるように熱くなったけど、その熱も最初の一言を大きな声で吐き出してしまえば、逆に快感だった。

わぁああっと拍手が湧く。階段を降りると急に恥ずかしさが襲ってくる。視線を誰にも合わせないようにして、自分の席にもどる。列の端の一番後ろの席。今頃になって足ががくがくする。

その間に式次第はどんどん進んでいた。やっと、緊張もほぐれてきたころ突然
「全員きりぃいいつ!!!」と教頭先生の大きな声が響く。びくっとした後でワンテンポ遅れて立ち上がった。
「新入生ぇぇ、回れぇ右ぃ!退場ぉお!!」
くるりと回ると、1メートルくらい前に先輩たちが立っている。
まともに正面に立っている人と目が合う。

はっと、する。
考えるよりも前に解った。
体の奥のほうからぞわぞわしたものが沸いてくる。この人と話してみたい。知りたい。
校歌が流れて、真ん中に近いほうの列から順番に先輩の間を通って新入生が教室にもどり始める。さっきまでシーンとしていた式場がざわざわした雰囲気と拍手でいっきに動き出した。
あたしはその人の目から目を逸らせなかった。
ゆっくり、ゆっくり拍手をしている。
ちょっとだけ唇の端を持ち上げて笑う。
あたしはその人目の奥を見ようとする。
「うみ、みたい」
「え?なに?」
横にいた男子が振り返って聞き返してくる。
「なんでもない、です。」
「よろしく、オレ、下田。同じクラス。どこ小学校?オレ、ナカ小」
隣の小学校の名前を下田はいう。男女の仲がいいので有名な小学校だ。
「三崎です。第一でしたケド。」
「へぇ、第一って男女が口聞かないってほんと?」
「うん。たぶん、ほとんど。」
「そうなんだ。でも第一から来てる子って可愛い子多いよね、ね」
「さぁ?どうなんだろ」
順番が来て下田は後でね、といって先に教室に帰っていく。
その背中を見送ってもう一度海の目の人に視線を送ると、その人はもう、うつむいてこっちを見ていなかった。もう一度その目を見たい、と思ったとき後ろの子に背中をつつかれて、あたしはあわてて列に並んだ。

つづく


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