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宿題 提出期限:2006/8/11 ② [提出箱]

2

夜になって人ごみが増す。
お祭りの喧騒は3階の社務所まで響いてきていた。
白衣の袷をきゅっと締めて袴の結びの形を整える。
お囃子の音が途切れる。気にならなかった呼び込みやそこらじゅうの話し声が
わぁぁんと空中に放り出されて膨らむ。
たくさんの人が一箇所に集まってきて口々に何かを話して
いろいろなものを口に詰め込んでいるところをいっぺんに思い浮かべる。
当たり前のことだけど、こんなにたくさん人がいて行きかうのに
お互いに知り合うことなんてほとんどない。それが不思議。
すれ違っているのに、同じ列に並んでるのに一生知らない人のままなんだ。
じゃぁ、人と人はいったいどうやって出会うんだろう?

「おつかれ~!!差し入れ~!!じゃじゃ~ん!!」
お札所のガラス戸を勝手に開けて吉田くんが焼きそばとたこ焼きを差し出した。
「・・・・ありがとうございます。あとでいただきます。」
「なになになに?ちょっと!いま喰わなきゃ冷めちゃうよ!喰え!ここで喰え!」
「いや。お勤め中なので無理です」
「むぅうう」
差し出された焼きそばとたこ焼きはプラスチックの入れ物の中で湯気を作って
ここまでソースのいいにおいが漂ってきた。
いいなぁ。こういうの。お祭りに友達と来て屋台でいろいろ買ったり、分け合ったり
好きな男の子と会ったり、あたししてないなぁ。
そっと目だけを動かして吉田君を見る。眉間にしわを寄せてまだうなっている。
別に冷たくなっても温めればいいことだし、何なんだろ。
「あのさ」
「・・・はい」
「そのさ、はいとかってやめない?てか俺らドーキューセーじゃんね。ね!」
「はぁ。」
「じゃさ、巫女って何時までなの?」
「お祭り終わるまで、ですけど」
「・・・え。そなの?」
「うん、そう。」
「じゃぁ、祭り見れないじゃん。つまんねーじゃん。」
「・・・・」
「なんだよぉ、そっか。」
あたしは困惑した。お祭りが終わった後会おうとか、ちょっと話せる?とかいうやつを言われたらどうしよう。目を伏せて、今度は何をされるんだろう?と思う。
「じゃぁ、いいや。また!」
「あ、うん」
そういうと、吉田くんは両手でたこ焼きと焼きそばを抱えたまま
カーキのパーカーのフードをぐっと深く被って走っていってしまった。



吉田くんとあたしは同級生だが、同じ学校に通ったことはない。
小学校6年生のとき、地域の小学校がいくつか集まって
土曜日の放課後に理科実験教室を開いていた。
理科と体育が苦手で大嫌いだったあたしは母親の陰謀によってその教室に入れられ
いやいや通いだしたのだ。
今も覚えてる。それまでは赤キャベでリトマス紙をつくる、とか天体観測をするとかだった
理科実験教室は最後の一大イベントとして「ニワトリの解剖」をしたんだった。
その日の朝、あたしは最大限の努力でおなかが痛くなったり、熱っぽかったりと言う
演技をしたが、無駄だった。
時間はいつも通り過ぎ、実験室に連れて行かれ、あたしは羽をむしられたニワトリを前に泣き出す寸前だった。解剖なんてイヤだ。怖い。イヤだ。繰り替えし、それだけ唱えていた。
解剖は班ごとに分かれて行うことになっていた。そしてその班分けで一緒だったのが吉田くんだった。吉田君はすごく元気な男の子で、いたずらが好きで、背が小さいのに声はすごく大きくて、くりくりの坊主頭だった。
いやな予感があたった、と思った。解剖だけでなくこの子と一緒の班なんて絶望的だ。
今までかばんにキャベツの汁で「ばーか」と書かれたり、髪の毛にけむしを付けられたり、スカートをめくられたりとにかく散々いじめられてきて、今日何をされるかわからない、と思った。
気がつくとそこらじゅうで歓声や、女子の悲鳴があがって解剖は始まっていた。

吉田君はホントウに楽しそうに解剖に取り組んでいた。真剣にメスを使いニワトリをばらばらにしていく。見なくちゃいけないから、あたしは視線を固定してニワトリの首の辺りをにらみつけていた。
すごく怖かった。ニワトリの死体なんだ、と思った。
「・・・・これが、そうですね。食道ですね。」
先生が遠くで説明している。
「せんせぇ!!せんせぇ~!!コレは何ですかぁ~?!」
吉田君が細長い肌色の紐をぶら下げて聞く。
「吉田君は何だと思う?」
「・・・・うんこの詰まってるふくろー!!」
「あはは。そうともいえるねー。これは大腸だよ」
「へぇえ!」
不意に、頬に風を感じて視線を上げる。
すると目の前に長い長い紐、いや大腸がでろーんと差し出されていた。
「おい、すげーぞ!これ!みろ!」
吉田くんだった。笑っていた。
あたしは瞬間、叫んでソレを払いのけると、教室の外に駆け出した。



その日、上履きも履き替えずに帰ったあたしの家まで、先生が荷物を届けに来てくれた。
あたしは泣きつかれて寝ていた。
その日から3日間熱を出して水曜日に学校に行くともう卒業式はすぐそこだった。
ニワトリのことはすっかり忘れて、あたしは早く中学生になりたくてわくわくしていた。
卒業式で同級生の女の子たちはみんな泣いていて、ちょっとだけもらい泣きもしたけど
それよりも新しい生活のほうが何倍も魅力的だと思っていた。
吉田くんのことなんてだからすっかり忘れていた。


続く


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