宿題 提出期限：2006/8/11 ①

《１８歳　高校３年生の夏》

1

図書館の空気はエアコンのせいだけでなく
間違いなく寒天ゼリーみたいに固まっていた。
顔をあげてあたりを見回すと
全部の席が埋っている。
みんな一様にノートや参考書や問題集に
顔を突っ込むように目をうんと近づけて没頭している。
誰もあたしみたいにぼぉっとしてない
さらさらさらさら、ぱら・・・・ぱら・・・・、しゃりしゃり、カチカチカチカチ．．．．．
あちこちから、静かに、でも攻撃的な音が聞こえてくる。

あたしはとりあえず、今日の分の問題集をやり終え
大学ノートの余白に小さい小さい文字で
生きてるって何だ？とか
幸せになりたい、とか書いている。

あぁ、つまらない。
こんなのが生きているってことなら
もう終わりでもいいやっていう気がする。
勉強して、もう本になって書いてあることを
必死で暗記して、まるの数の違いで大学生になっても
何かが変わるとは思えない。

あたしは今、幸せになりたい。
今日、この帰り道でうっかり車に引かれて
死んでしまうかもしれないのに
あたしはくるかどうかも解らない
来年の春のために
人を押しのけて大学生になるのだ。

恋がしたい

さくさく振ると芯が出てくるシャーペンで
ゆっくり力強く書く。

「恋がしたい。」

声に出さないで、頭の中で言ってみる。
なんだか違う気がした。
この気持ちは、そんな綺麗な言葉じゃ解消されないみたいだ。

この寒天ゼリー状の集団から抜け出さなくてはいけない。
今すぐここから立ち上がって、
新鮮な空気を吸いたかった。
エアコンから吐き出される人工酸素は
あたしの本能を窒息死させる。

荷物を片付ける。
ノートと筆記用具を斜めがけかばんにしまう。
座っていた椅子をひざの裏側で押して立ち上がると
ぎぃいいいい。
思った以上に大きな、そして不愉快な音が響いた。

一瞬、さぁっとそのばの空気があたしに集まる。
耳が聞こえなくなったみたいに音が消えて、
唾を飲み込むくらいのタイミングで現状回復していった。
誰にと言うわけではなく
「すみません」と声を出さず唇だけを動かして謝る。
あたしは慎重に、息を細く吐き出して片足づつ通路に脚を運んで
背もたれを両腕に抱えると椅子を机の中にしまう。

だぁれもあたしを見ない、そう思った。
今、ここで誰かにっこり笑ってくれたら
恋が始まるかもしれないのに
ここにいる人たちは今日、生きてないのだ。
ここじゃないところに向かっていっているんだ。
あたしだけ、ほんとうの事に気づいているのは今、あたしだけ。
今を犠牲にして得られるものなんて欲しくない。
後悔してもいいから、自分を騙し騙し机に向かうのは違う気がする。

窓から、外を見た。
空が見えた。
青い青い、空。
薄く伸びた雲。
たるんだ電線。
なんかの鳥が飛んでいる。

明日、死なないかもしれない。
だけど、いつかは死ぬ。
それは思ったより早いかもしれないし、思ったよりずっとずっと先かもしれない。
でもあたしは今のことしか解らない。
いつかのために今努力することがばかばかしく思える。
どう考えてもあたしの感覚では２０歳より先の自分なんて想像できない。

もしかしたらあたしは二十歳で死ぬのかもしれない。
ふいにそう思った。
一回思ってしまうと、そうに違いないような気がしてくる。
ハタチでこの世からいなくなるなら、そうなら今何をすればいいだろう。
どうしたら、後悔しないんだろう。

失敗したくない、と思った。
笑って満足して死ななければとか、思う。
馬鹿馬鹿しいと思いながら
でもこころのどこかがざわざわしだした。
落ち着かなかった。

２重になった図書館の自動ドアを歩いて通り抜ける。

急がなくては、時間がないのだ。
やり残したことを全部、今からやり遂げよう。
力強く思う。体からエネルギーがしゅうしゅう湯気になって出て行く。
背中の下から上へむずむずしたものが駆け上がる。

もう一度、空を見た。
さっき見た空より、むき出しだった。
空の匂いがした。

2へ続く

コメント 3

のんびり書いていこうと思います。
タイトルは仮ですよ
だってどんなになるか解らないもん。
そのうち決めます。
これは自分への宿題。だと思ってやり遂げます。
by ke_co_ltd (2005-10-23 02:03) 

けぇさん、がんばってね。
by Ken (2005-10-23 09:12) 

＞Ｋｅｎさん
ありがとう。がんばってみる～
by ke_co_ltd (2005-10-23 16:42)