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宿題 提出期限:2006/8/11 ⑤ [提出箱]

5

夕暮れ。
それはいつ見ても綺麗。
綺麗なんて言葉じゃ足りないくらいに、刻々と色を変えていく。
ベランダでせみの声を聞きながら、氷で薄まった麦茶を飲む。
受験モードだった部屋がすっかり片付いて、ひと段落した後、気づいたらあたしはすっかり全身すっぽりとオレンジ色の光にくるまれていた。
何をしても、何もしなくても時間って結構すぎちゃうんだ。
母親たたんでおくように言われた洗濯物を、目の前に山積みにしたまま、夕焼けになっていく空にアイシューを感じたりして、あぁ、こういうときに声を上げて泣けたらなぁ。
おかぁさ~ん!とか、叫びたい。

けど、夕陽を見てお母さん、だなんてまるで子供みたいだ。

そう思ったとき、頬の表面がかっと熱くなった

頭の中で考えが言葉になる前に、体の芯を熱が駆け上がる。出たがっている。

このまま、この熱はどんどん高くなって、そう時間のかからないうちに沸騰してしまう。
今、あたしの中に生まれたのに、沸点に達した後、跡形もなく一瞬で蒸発してしまう。
もしかしたらうっすらと白く蒸気がその場所にとどまるかもしれない。
けどそれも瞬き何回かの間の出来事。

そこにあるのに、確かで儚いもの。
あたしの中に小さく居座っているこの気持ち。
よくわからない。
けど、キライじゃないな。

さっきより藍
の濃くなった空を眺めて、頷く。
生ぬるい風が拭いて、首筋の汗を冷やす。
今日はなんだかよく空を見る。
意味はないけど、ただ良く空を見る日だった、そのことをいつか思い出すかな。
思い出したらいい、そう思った。





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宿題 提出期限:2006/8/11 ④ [提出箱]

4

ずらりと並んだパイプ椅子。
4列ごとに通路が設けられ、それが横に5ブロック、縦方向に大体20脚並んでいる。
ぴかぴかに磨かれた床には白い線がぐるりと四角く書かれている。
天井の上のほうにはバスケットゴールが床に水平にぶら下がっている。

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宿題 提出期限:2006/8/11 ③ [提出箱]

3

記念すべき夏休み第一日目から、受験生として生きることを拒否したあたしには、ただただ長くて真っ白な夏休みが目の前に広がっていた。
夏休みがはじめるまでに几帳面にカラーペンで線を引いて、教科ごとに色分けをしてたくさん買い込んだ「良くできました」「出来ました」「努力しましょう」シールを眺める。これのシールでびっしり埋まっていくはずだったのに。
ちょっともったいないと思ったけど、壁から計画表をはがす。わざと、乱暴に。案の定、真ん中あたりで模造紙は破けていく。それをみてあたしはさらに勢いよくえいえい!っとかみのはしっこを引っ張った。
じじじじ。
意外と地味な音で破けていく。
なんだか、思ったことを実行するというのはもっと派手で騒々しいものだと思ってた。
意外と、こんなものなのかも。
そういえば初めてのサボりも、夜中のビールも、屋上の煙草もドキドキしたけど、やってみればいつだって「なんだ、こんなものか」って、いちいちそのことに驚いたっけ。
やらないでいることは、きっとやる前が一番楽しい。

はがした模造紙はぐちゃぐちゃに丸めて、ゴミ箱に乗せた。大きすぎて入らなかったのだ。
とにかく、これであたしの人生はとりあえず、いまの時点で出来る限りの白紙にもどった。
とりあえず受験して、とりあえず大学にいって、とりあえずコンパや恋愛やサークルにおぼれる、と言う計画はなかったことになる。これでいい。

白紙を埋めようとしない。

あたしの夏休みのテーマはこれだ。
あらかじめ決めたいくつかの中から選択するなんてばかげてる。
あと2年生きるとして、あたしに一体何が出来るだろう。偉大なことは出来ない。人から尊敬されたり、賞賛されるようなことも出来そうにない。
あたしが笑って、この世にばいばいを言うためには2年は短い。
さっき、図書館であたしが思った「やりのこしたこと」がいまは良くわからなくなっている。
それは強烈に、どうしようもなくあたしを支配していたのに、いざ「やりのこしたこと」について具体的に考え始めると、どれも間違っていないのに、しっくりこないのだ。

心にぐっと集中していく。
答えを探すんじゃない。答えはきっと、そのうち解ることなんだ。
だから、穴埋め問題を、選択問題をクリアする気持ちよさからは脱出して、あたしはあたしなりに答えを見つけに行けばいいんだ。
さっき破った模造紙の塊をにらみつける。
あ、あ、あああ。

目標や目的なんてないんだった。
目標や目的なんかにごまかされるのはイヤなんだった。
あたしは「今」が欲しい。
今飽きて動いて、人と出会っていろんなことを知りたい。
それがどういう風なのか、どんな感じなのか知りたい。
そしてあたしのことを知ってほしい。
それだけが最後に残った。

会いに行こう。まだ会ったことのないその人に。会いに行こう。
あたしの夏休みが始まる。


つづく


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宿題 提出期限:2006/8/11 ② [提出箱]

2

夜になって人ごみが増す。
お祭りの喧騒は3階の社務所まで響いてきていた。
白衣の袷をきゅっと締めて袴の結びの形を整える。
お囃子の音が途切れる。気にならなかった呼び込みやそこらじゅうの話し声が
わぁぁんと空中に放り出されて膨らむ。
たくさんの人が一箇所に集まってきて口々に何かを話して
いろいろなものを口に詰め込んでいるところをいっぺんに思い浮かべる。
当たり前のことだけど、こんなにたくさん人がいて行きかうのに
お互いに知り合うことなんてほとんどない。それが不思議。
すれ違っているのに、同じ列に並んでるのに一生知らない人のままなんだ。
じゃぁ、人と人はいったいどうやって出会うんだろう?

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宿題 提出期限:2006/8/11 ①  [提出箱]

《18歳 高校3年生の夏》

1

図書館の空気はエアコンのせいだけでなく
間違いなく寒天ゼリーみたいに固まっていた。
顔をあげてあたりを見回すと
全部の席が埋っている。
みんな一様にノートや参考書や問題集に
顔を突っ込むように目をうんと近づけて没頭している。
誰もあたしみたいにぼぉっとしてない
さらさらさらさら、ぱら・・・・ぱら・・・・、しゃりしゃり、カチカチカチカチ.....
あちこちから、静かに、でも攻撃的な音が聞こえてくる。

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